“愛について考えてみた”  『恋愛幸福論で10のお題』より

 

 「さあ、一体何に けつまづいとんのか、キリキリと白状しな。」
 「ひぃいぃぃぃ〜〜〜〜っ。」

 随分とずぼらな始まり方で申し訳無いが、そうと感じてしまわれようほど、このたった2行だけで誰と誰がどんな構図で対しておいでか、あっさりとビジュアルな場面が浮かぶやり取りというのも、ある意味、物凄いものがあると思う。

 「片やがライフルとかマシンガンとか構えてて、
  その銃口を顔の間近へ突きつけられてる側の瀬那くんは、
  肩口からいっそ足元までを、ミノムシみたいにぐるぐる巻きに縛られてるとか?」

 いや、そこまでアニメチックな構図というのは。
(笑) 大体、今時そんな面倒な縛り方する人なんていませんてば。(おいおい) とはいえ、半分くらいは桜庭くんの大正解だったんで、それを弾みに もちっと詳細を述べますならば。午後から講義があるからと、セナくんが足を運んだ此処は、R大の講義教室棟の一角。陽盛りはまだまだ暑いが木陰を渡る風はなかなかに爽やかな、秋晴れの昼下がりの穏やかな3時限目。第一外国語の講義があるはずだった、南棟二階の小講義室は何故だか閑散としていて、一緒に受けているモン太くんが携帯で呼び出されてしまったまんま、戻って来ぬうちにも授業開始の時間となって。そしたら、雑談してた人たちはどんどんと部屋から出てって、まるで空き教室みたいな風情になっちゃって。
『あれれ? 講義室の変更があったのかなぁ?』
 そういった伝達事項を貼ってある、学舎に間近い掲示板は、ついさっきにも見て来たはずだけどと。デニムのチノパンのポッケから携帯電話を引っ張り出しつつ、やっぱり出て行きかけた、小早川さんチのセナくんを、

 『ちょ〜っと待ちな』

 と、軽い一蹴りにて室内へ押し戻したのが。このR大でも“泣く子も黙る”という形容詞と評判と地位をとうに得ておいでの、アメフト部主将の蛭魔妖一様ならば。黒いアロハに黒タンク、ボトムはトラウザータイプのスリムなパンツという、砕けていつつも鋭角ないで立ちがいや映える、そんな彼の後に続いて入って来て、
『もう判ってるとは思うけど、逆らわない方がいいと思うよ?』
 どこか申し訳なさそうな…ウチの子がごめんねとでも言いたげなお顔になって、後ろ手にドアを閉じてしまったのが。こちら様はアースカラーの淡い色彩、デザインシャツとタックの利いたスリムなパンツがなかなかお洒落ないで立ちで、相変わらずに爽やかな笑顔はお茶の間での好感度上位を保持し続けてるところのジャリプロアイドル、桜庭春人さんだったりし。

 「あ、あの、田村センセイの講義は…。」
 「ああ。教室変更だ。」

 受講生全員へその旨はメールしといたんで、他の奴らはそっち行ってると。それはあっさり語って下さり、
「心配すんな、お前と糞ザルは俺の用事に付き合わしたって、田村へ連絡しといてやったから公欠扱い。単位には響かねぇ。」
「〜〜〜。」
 いやそういうことは、担当の田村センセイの裁量なんでは…と。思ったけれど、それと同時に言っても無駄だろなとも感じてだろう、言葉にはしなかった辺り。セナくんは元より、この大学全体が、かつての泥門高校と同じように、すっかりと“誰かさんの支配下”になってることを桜庭へも偲ばせ、苦笑を誘う。どこへ行ってもここまでの“独裁者”になれちゃう手際、政治の世界で生かされたなら、さぞやとんでもない威力を発揮しもしように、

 “その気はないところが、救いなんだか勿体ないんだか。”

 そだねぇ。一般市民からすりゃあ日々腹が立ってしょうがない辺りを、その膨大なコネと知識と冴えた手際とで何とかしてくれりゃあ胸も空くけれど。何でまた他人のために奉仕なんてせにゃならんとばかり、もっととんでもない独善へ突っ走りかねない人でもあろうから。関心がないままでいて下さった方が実害は少ないかと。
(苦笑) で、そんな手腕をお持ちの悪魔様が、一体何でまた…自分の権限が最も効くだろうアメフト部のエースを相手に、わざわざこんな手の込んだことをしたのかといえば。

 「お前がへしゃげてるとな、微妙に士気に関わるんだよ。」

 良くも悪くも個性豊かな顔触れのチームで、アメフト大好きから始まった“生え抜き”は、意外なことに蛭魔と栗田の二人だけ。武蔵は家業の工務店の方へと戻ってしまったし、高校時代に集められた面々は、今でこそ生き甲斐にしているほどの入れ込みようながら、どいつもこいつも元を正せばアメフトは後づけという連中揃い。頑張っている誰かに惹かれたとか、自分のような落ちこぼれでもただ1つの長所と根性さえあればという特性に魅せられたとか。そういった微妙な案配になったところを、蛭魔がうまいこと転がして引きずり込んだ面々ばかりゆえ、そんな顔触れがずぶの素人同然だった間のチームの、連勝の原動力にして牽引力でもあったセナへは誰もが一目置いており。弱腰のいじめられっ子が、実は結構諦めないタイプだったことから、新生もいいところだった寄せ集めチームが何とクリスマスボウルまで上り詰めた奇跡への“原動力”になってくれたはよかったが、生真面目な駒であるセナが落ち込んでたりすると、覿面 逆の影響が出るらしい。

 「ったくよ。夏休みの合宿じゃあそんな素振りなんざ見せてなかった筈だろに。」

 毎年恒例の夏合宿の場では、元気一杯、溌剌と頑張っていたセナだったものが。これからが本番という秋の星取りリーグ開催を前にして、妙に…様子がおかしくなった。
「え? そそそ、そんなことは…。」
 ありませんようと言いかかったのを遮って。ぱたらた・たたたんと、工事現場の鉄骨用リベットマシンにも似たいななき、サブマシンガンがにぎやかな音を立て。その余韻が消えるのへと重なって、

 「よそ見をしたり溜息ついたり。
  そやって気を散らしているかと思や、オーバーワークでぶっ倒れたり。」

 心当たりとやらを並べて下さった金髪の悪魔様。乱暴な言動が常のお人だが、観察眼の冴えは素晴らしく。揚げ足取りや弱みを掴むためだとご本人は豪語なさるが、こたび発揮されたのは、そんな打算のための気配りじゃあなかろ。彼なりに案じてやっての不審点を一挙に並べた蛭魔であり。

 「素人へ逆戻りか? お前はよ。」
 「うう…。///////」

 図星が過ぎて返す言葉もありませんとばかり、首をすくめた 相変わらずに童顔な後輩さんの額を。ちょいちょいと指先でつつくのを見やりつつ、

 「ヨウイチ。
  時間がないって事での強攻策なんでしょ? 早く本題に入らなきゃ。」

 そんなしてチクチク苛めてる場合でしょうかと、優秀な助手のお兄さんが傍らから口添えをして下さったので。差し出口をされたことへは多少なりともムッと来たらしかったものの、それでも何とか本題へ戻ることにしたらしき蛭魔さん。お顔まで寄せてた威嚇の姿勢を引き戻すと、目顔で“座れ”とセナに指示を出す。隣の講義室からだろか、何かしら解説しているらしい講師の声が壁越しに届くが、それ以外は静かなもので。この講義室はさして広くはなく、座席も階段式に固定されたそれではないものだから、ますますのこと高校時代の教室を彷彿とさせて。二階という高さの窓の外、まずはと広がっている初秋の空色は、真夏のころのそれよりは 少しばかり透明感が増した青。不意に吹きつけた風が校舎の傍に植えられたポプラだかアカシアだかの梢を揺すったらしく、開いてた窓からそのざわめきを運び込む。夏に聞いた音よりも、幾分か乾いて聞こえるのは、揺すったのが秋の風だからか、それとも紅葉の準備が始まりかけてる合図だから?

 「…ほれ。やっぱ集中出来とらん。」

 ちょっとの沈黙でこれだと、肩をすくめた蛭魔の声に、あわわとますます肩を縮めたセナだったけれど。それは確かに尋常じゃあないと、桜庭にもしっかと伝わったほど。だって、この…大学の講師様さえ牛耳ることが出来るほどの悪魔様の手になる、特別なお膳立てでこういう構図になっているのに。そういう底知れぬ人物と重々判っていようセナが、だってのに その前に居ながら ふっと気を抜けるなんてのは、
「ホントだね。セナくん、一体どうしたの?」
 順番がおかし過ぎて、成程こりゃあ重症だと通じるところが、それもまた恐ろしい。
(笑) 鋭いご指摘には、もはや誤魔化すことも出来ぬと思い知ったものだろか。関東中、いやさ、全国レベルで“最速の男”として名を馳せ、数多き屈強なラインマンたちが“我こそはねじ伏せてやらん”と気を吐く対象、そんな実力あるランニングバッカーさんが、どこの女子高生ですかと言わんばかりに、ふわふかな頬をぽうと染める。
「あの、ホントに大したことじゃあないんです。リーグが始まるころには、気持ちも落ち着くと思いますし…。」
 及び腰なのがそのまま滲んだ早口で、合いの手に“ごめんなさい”を連呼しそうなノリのまま、そんな言いようを紡いだセナへ、

 「その頃に帰って来るもんな。」

 しれっと突きつけられた一言は、マシンガンでの一斉掃射以上に効果があった。え?と。顔を上げたセナ自身、こうまでの図星を指されるとは全くの全然思っていなかったらしいのが知れたけれど、
「進の野郎が、急な要請で、アメリカのNFLへの公開練習に参加する顔触れに組み込まれちまったんだろ?」
 今度はやや呆れたというお顔になった蛭魔が、滔々と連ねたのが、

「本来はXリーグ系のクラブチームの選手が選ばれてたもんが、急な故障で行けなくなって。けど、主催した協会にしてみりゃあ、スポーツ用品だかアパレル企業だかと提携しての、宣伝を兼ねた催しだったんで、予算をいただいてる以上、欠員があったじゃあ済まない。だからっていう急な補充だ、大々的な送行会とかにも顔出してねぇし、本当に直前に決まった話だったから、アメフト専門のスポーツ記者にだって知られてねぇくらい、知ってるもんが限られた段取りだそうだな。」

 そうと括りつつ、なのに蛭魔はこうまでの詳細を知っており。
「な、んで、それ…。」
 訊きかけて、ああそうかと、今更なことだというのを思い出す。それほどに、感覚も鈍っていたらしいセナであり。彼なりに隠していたこと、なのに既に全てを知られていたのはあまりに思いがけなかったか。しょんぼりと小さな肩を落としてしまう姿が、小柄だからというのを退けてもちょっぴり切ない。

 「…セナくん。ヨウイチはサ、一人で抱え込むなって言いたくて…。」
 「つか。
  たった1週間ちょっとの遠出に、何をいちいちそこまで落ち込んでやがるかな。」

 あくまでも、案じはしたが心配はしちゃあいないと。自分はそれほど甘くはないと言いたいらしき悪魔様が、桜庭さんの声を遮ったけれど。それへは、
“それこそ、公式戦が始まるまでには元気になりますって理屈も判っていようにさ。”
 なのに、景気の悪い顔を見てるのは腹が立つなんて言い出して。事情の通じてる自分を介添えに呼び立てての こたびの運び。チームの士気云々ってのが理由だからってのも、実をいや建前のくせに。何に悩んでいるんだか、そんなもん知るかとお尻を叩き続けりゃいいだろに。セナだって、もう中学生や高校生じゃあないのだから、その辺りの割り切りくらいは出来ように。そんなんじゃいかんと、その解消へと乗り出して、さっき並べた一部始終を調べあげた、実はお人よしな悪魔様。ただの八つ当たりなら桜庭を呼ぶ必要はなかろうし、かといって、放っておきゃあいいと判っていながらそれが出来なかった彼なあたり。励ましてやりたい、話を聞くだけでも多少は気が休まるのではなかろうかなんて、実は思ったからだろに、いざ蓋を開ければこのペースなのが、

 “結構 不器用なんだよね〜、ヨウイチってサvv”

 そういうところが可愛いったらありゃしないと。こちらさんはそれこそ、セナくんよりも蛭魔くん大事で同行している桜庭くん。恋人さんの注意が後輩くんへと逸れているのをいいことに、そんな可愛いお節介ぶりを のほのほと眺めていたりして。何がどうしてのこんな運びか、その背景がやっと均されて。さあさ、隠しごとはもう無しだと、あらためての睥睨を向けた金髪痩躯の先輩様へ向け、

 「…蛭魔さんは。」

 小さな小さなお声が、やっとという大きさで届く。んん?と目元をしばたたかせた反応を、どう解釈したものか。怖々と俯いてのそれから、

 「そうそう頻繁には桜庭さんと逢うって訳にも行かないって時、
  どうやって過ごして来られたんですか?」
 「ああ"?」

 腑抜けたことを言い出してと、怒られやしないかって俯いたらしいセナだったらしいものが。だのに、一旦 口に出して言ってしまうと勢いでもついたのか、今度はもっと荒っぽい聞き直しをされたのに、肩をすぼめることもないままでおり。

 「逢えないのが寂しくて。でも、帰って来る人なんだからって。」

 ほんの10日足らずの渡米。そのくらいの間、逢えなかったことはこれまでにもあった。もっと逢えないってことだってあった。でも、これまでは“しょうがないや”で済んでいた。寂しいには違いないけれど、どっちかといえば“つまんないなぁ”といった感じで、それ以上の感覚はなくて。今回は結構な距離があるけれど、電話やメールを使えば即座に声が聞けるし、思ってることも言ってもらえる。だから、今まで何とも思ってなかったのにね。

 「見えないところで、逢えないところで、何をしてたってその人の勝手で。
  それを、信じていたのにって怒って詰
(なじ)るのは間違ってるんでしょうか?」
 「…おい。」

 例えば連絡がなくなったとして。離れていても心は変わらないって、自分が信じてりゃあそれでいいじゃないかって、何もないうちから不安がっててどうするかって、そんな風によく言いますけれど。

 「そんな言い方って、
  引っ繰り返せば…勝手な決めつけや押しつけと変わらないのかもしれない。」

 そんな人だとは思わなかったなんて言い回しがありますけど、どんな人かはこっちが決めることじゃない。こっちからの見込みが違ったってだけの話で、相手を詰るのはお門違いですよね。どこか寂しげな口調で、そんな言いようをするセナであり。おや?と、何とはなく違和感を覚えた桜庭が、

 「…まあな。」
 「ちょ…、妖一?」

 けろっとあっさり、肯定するような言い方で斟酌なく返事をした蛭魔へ、随分な反射のよさでギョッとする。だって、今のセナの言いようって。買いかぶり過ぎてた誰かの、でも実はこっちが本性だっていうような部分を見ちゃってと。それで落胆してたんです…という解釈も出来はしないか? そしてそれって…ここまでの話の流れからすると?

 “まさかとは思うけど。”

 あの、究極の朴念仁で、アメフトのこと以外には関心ありませんで通して来たお不動様、もとえ、進清十郎が。やっとのこと、暑い寒い痛いひもじい以上に心動かし、人としての感覚を得た相手。こんな小さいのに人を思いやる心はどんと大きな男の子。優しくて繊細で、気遣いの人でもあるセナくんというものがありながら、ちょっと間の渡米先で、まさかまさか、妙な女に引っ掛かってしまい、その反動でセナくんへの連絡をお座なりにしてるとか?

 “うあ〜〜〜〜、想像を絶するって範囲を超えてるんですけれど。”

 いかにもスポーツマンというざんばらに刈っただけの髪に、屈強な体躯と精悍で大人びた顔立ち。それへ加えて、無口だし泰然と落ち着いてるしと来て、見た目は立派にクールな偉丈夫。そんなこんなで見映えはいいから、例えば祝勝会だの壮行会だのという場では、女性からも声をかけられ、写真をせがまれてもいた彼ではあったが。フィールドに立つ彼へ、スタンドから黄色い声もいくらかは飛んでいたことがあったようだったが。それこそ、なんでだろかと理解不能だったそのまま全く相手にしなかった、そんな罰当たりだった進しか知らない桜庭なもんだから。この、心優しいセナくんが、こうまで心痛めるほどの仕打ちを、あの仁王様、もとえ、進がやらかすだなんてこと、

 “ちょっと信じられないんですけれど。”

 誤解じゃないの?と言ってやりたかったが、いや待て、まだまだ材料が足りない。進のことじゃあないのかも知れない。ここまで、あくまでもセナくんの心境の話しかしてない訳だし。気が回らない奴のことだから、用事がないならメールもしなかったりし。酷いことをしたんじゃなくとも、放っぽり出され過ぎなのが寂しいと、これまでの寂しいと融合しちゃってるだけなのかも。

 「えっと…。」

 フォロー役を覚悟してはいたけれど、これはまた いきなり複雑そうなと。胸中にて色々な考えが渦巻いてしまい、腰が引けてしまった桜庭が、どう言い出せばと躊躇したその間隙を衝き、

 「自分本位、大いに結構じゃねぇか。」

 信じるのも疑うのも、見くびるのも買いかぶるのも、結句、自分の判断でするこった。信じてたのにって詰
(なじ)るのは、まま勝手といや勝手だが間違っちゃあいない。正体に気づかぬ間の無駄な時間を使わせやがってと、憂さ晴らしにせいぜい咬みついてやりゃあいい。

 「ま・それがお前なら、
  逢えないでいた間も いい想いが出来たとか、
  そういう能天気でお幸せな考えように辿り着きそうではあるけどな。」

 「…はい?」

 桜庭が、そしてセナがキョトンとし。それから、

  「〜〜ちょ、なんで今、そんなこと言うんですよう。//////////」

 トマトが赤くなるまでを、ハイスピードカメラで早回ししたかのように。当人の含羞みよりも先んじて、セナの頬が“かぁ〜〜っ”と一気に真っ赤になった過程はなかなか見ものであったりし。でもって………、

 『それがお前なら』???

 はい?と。再び目が点になっているアイドルさんの眼前にて、

 ―― ったくよ。今のって、心理学のアベの単位用の小論文の課題じゃねぇか。
     え? なんで知ってるんですか?
     あの先公、毎年同じ課題出してやがんだ、知らなかったのか?

 R大では、前期試験は一応夏休み前に一斉に行われるのだが、講義によっては夏休み明けにレポートや何やを提出させるという教授や講師の先生もおいでならしく。

 「たかが課題のテーマを、自分の状況へ当てちまったもんだから、
  不安や何やが何だか妙にリアルになっての、
  落ち着かないトコへまで思考が下りてっちまったってだけだ。」

 ったく。試合中なら、どんな壁が出て来ようが諦めないぞと踏ん張る奴が。しかも、何がどう間違えたって、お前が見て取った以上の裏だの陰だのもう片側だの、そんなややこしい面なんざ持ちようがない不器用男を捕まえて、


  「もっとずっと先のことなんざ、今から案じてるんじゃねぇよ。」

  「……………あ。」


 セナの発した“…あ”に、桜庭の声もかすかに重なる。たかがレポート。なのに、誤解した桜庭があたふたしたほど、妙にリアルに打ち沈んだお顔でいたセナだったのは、

  いつかはやっぱり、本場アメリカに行ってしまう進さんなんだろなと。

 今回の短い渡米に重なって。まだまだ未定な、でも何年か後というすぐ先に来るだろう将来(それ)を想起しちゃったから。そうなったらきっと、もっと寂しいのだろうななんて思ってしまった。つまりはそういうことだったらしいと、そこまで見抜いた蛭魔の慧眼の方が桜庭には恐ろしかったらしいけれど。

 「そんなくだくだも何もかんも全部、一度でいいから、奴に叩きつけてやれや。
  あんまり放置プレイが過ぎると、本気で愛想を尽かすぞってな。」
 「放置ぷれ…って。/////////」

 わあ、何てこと言いますか////////と。ますます真っ赤になってしまったセナくんが、果敢にも振り上げた小さな拳を、今日だけは特別と胸元へ受け止めてやり。かかか…と笑った蛭魔の頼もしさと裏腹、こちらさんは一気に肩から力が抜けた桜庭が、

 「……そうだよな。
  いつもいつもやきもきさせられてばっかっていうのは不公平だ。」

 反動でもついたものか、妙に奮起しちゃった模様で。いいねセナくん、向こうから連絡してくるまで“お帰りなさい”のメールとか送っちゃっちゃダメだよ? え? そんなことしたら進さん、ますますボクのこと忘れちゃいませんか? 忘れるもんか。いや、でも、放っておいても怒らないって解釈はしかねんぞ? むむ、それはそれで腹が立つ解釈だな。じゃあさ、じゃあね…と。気がつきゃ妙な悪巧みの相談になってるあたり。頼もしすぎる先輩を持つと大変だね、セナくんと。風に撒かれたアカシアの梢、さざ波みたいな木葉摺れの音が、宥めるみたいに囁いた、秋の初めの午後のことでした。





  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.09.14.


  *あ、しまった。大学生設定で書いちゃいましたね。
   しかも、何だか書いてるうちに こんぐらがってしまいまして。
   遠距離恋愛になったとて、
   自分が強い心で相手を信じてさえいれば大丈夫…ってのを、
   恋愛相談なんかでよく聞いたもんですが。
   何がどう大丈夫なんだろなって、ずっと未消化になっていたんで、
   今回はそれを展開したかったんですが。
   ……やっぱ、難しいテーマだったみたいです。

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